昔 「最後の晩餐」と言う番組があった。
ニュースステーション番組での、ひとつのコーナーだったかもしれない。
「最後の晩餐」 私は躊躇わず 「おふくろのおにぎり」と答える。
おふくろのおにぎりは、いつも小さめの俵型。
お弁当にはきまって、俵型のまっしろなおにぎり二個と、海苔が巻かれたおにぎりが二個。
遠足の時だった。お弁当の時間になって、全員が輪になって食べることになった。
先生が、「両隣の人と、おかずをひとつずつ交換しなさい。」と。
左隣の女の子とは卵焼きを交換した。一口食べてびっくりした。甘くないのだ。
今で言う 出し巻き的な味だった。たぶん女の子もびっくりしていただろう。
我が家では昔から卵焼きは、だだ甘いのである。
右隣の男の子の弁当箱を見てまたまたびっくりした。
丸い真っ黒な、まるで砲丸のようなおにぎりが入っていたのだ。
彼はおにぎりを交換しょうと言った。
あまり気がすすまなかったが、おかずがあまり入っていなかったので、しかたなく・・・
おおきな彼のおにぎり一個と、俵型の小さなおにぎり二個を交換した。すると彼が・・・
「おかあさんの味がする。」と。 ??? なんだかとても嬉しそうに食べていた。
「あっそうだ。」
彼のおかあさんは彼を生んで間もなく亡くなられた。それとなく訊ねてみた。
「お弁当だれが作ったん?」
「おとうさん。だからいつもこんなおにぎりやねん。味付け海苔にしてって言ってんのに
いつも焼海苔やねん。広瀬ん家のおにぎりおいしいなぁ。」
おとうさんの味がしたかどうかは覚えてないが、すごく量が多かったのは覚えている。
家に帰ってからおとうさんに、「おにぎりを作って」とお願いした。
日曜日の朝 「お~い おにぎり作ったぞ。」と。
まぁるい大きなおにぎりを期待して、台所に行った。
そこにあったのは・・・!!! 三角の大きなおにぎりだった。
社宅に住んでた頃、東京から転勤してきた家庭が、私を驚かせた???
ちょうどおやつの時間だった。
「焼きおにぎりできたよ。」 焼きおにぎり???
醤油で茶色くなったおにぎりらしきものがでてきた。 なんだかしょっぱそうだし、焦げている。
ところが食べてみると・・・びっくりした。美味しいのだ。
早速母にお願いしたのだが・・・
「体に悪い。」 一言で却下。
この家族にはいろいろ経験をさせてもらった。
納豆、くさやの干物、トコロテン・・・等など。
昭和40年前半 関西で納豆は 「腐ったもんなんか~」だった。
くさやなどもってのほか。でも干物は美味しかった。
ただどうしても駄目だったのが、トコロテンだ。
黒蜜でしか食べたことのない私にとって、酢醤油は無理だった。
私が作るおにぎりは・・・やっぱり、俵型なのだ。
コメントする