私の母は59歳という若さで人生を終えた。母の兄も確か59歳で亡くなった。
人に、「趣味は?」と聞かれると、「将棋とパチンコ」と答える私。
その将棋を教えてくれたのが、伯父だ。
伯父は不思議な人だった。京都の野球の名門高校で甲子園を目指していたらしい。
戦争行き、鉄砲弾が歯にあたり、以降総入れ歯になったらしい。
「あたった弾はここにおる。」といつも盲腸のあたりを指して自慢するのだが、眉つばものだ。
戦争から戻り、一流商社に勤めるのだが、あっさりと退職。
自宅を改装して録音スタジオをつくり、何かの番組を制作していたようだ。
昭和42~3年頃の録音機材は、手でガチャガチャするテープレコーダーだけだった。
幼い私の歌をときおり録音してくれるのだが、歌わされる歌はいつも決まっていた。
村田英雄さんの、「王将」だった。」 吹けば飛ぶよ~な 将棋の駒に~・・・
京都 烏丸鞍馬口が母の実家で、行けば必ず伯父が、「一局やろう。」と。
始まった。いつものパターンだ。
将棋を指しながらウイスキーを飲む。肴はハムだけ。そして・・・
「正勝 おっちゃんはな、プロの棋士になりたかったんや。戦争さえなかったら・・・・・
ええか、 おまえはサラリーマンになれよ。」 小学生の私には?????だった。
数年後、病床に伏せる伯父のお見舞いに行った。
いつもと同じように将棋板を出してきて、「一局やろう。」 そして・・・
「正勝 お前なんかのプロになれ。プロになるまでには苦労は多いけど、
きっと人生は楽しいぞ。生まれかわったら、おつちゃんは絶対棋士になる。」
その一局が最後だったのだが、鬼のように強く、叩きつぶされた。
ちなみに伯父はアマ四段。私も初段ぐらいの実力はあったのだが・・・・・
飽食の時代に栄養失調で逝ってしまった。
今、伯父の「プロになれ。」の言葉が、なぜか耳に聞こえる。
少し前から、妙に広瀬さんのことが気になって
今日、ふと思いつき、ネットで『劇団 てん』を検索してみたら
HPを発見しまして、懐かしく拝見させていただきました!!
広瀬さんも小林さんもお元気そうで安心しました☆
プロフィールを覗かせてもらって
写真を見たら・・・
あれ? 私の知ってる広瀬さんじゃない!!!
私の知ってる広瀬さんはもっとまん丸の顔で・・・
かなり痩せられましたね!!
ぜひ、痩せる方法を私にもご教授ください!!(笑)
これからも、いろいろとご苦労はおありかと思いますが
体には気をつけて頑張ってくださいね。 (*´∀`*)
またHP覗きに来ます♪
お邪魔しました☆
落ちこぼれの教え子より (。ノε`。)ンププ
私も年をとりました。が・・・
未だ舞台から離れる事ができません。
ここ一年ぐらいは痩せてたのですが、今は少々・・・
信じる事を全力でしていれば、日々楽しく過ごせるし、精神的にもいいですよ。
今は次回作品に頭を抱えていますが、劇団員達の成長に置き去りにされないよう
必死です。
私の記憶の中では、出会った若い人に落ちこぼれはいませんよ。
頑張ってやりたいことを追い求めて下さいね。