落語界の重鎮 三遊亭円楽さんが亡くなられた。
東京にいた時に一度だけ寄席に出かけた事がある。たしか・・新宿「末広亭」だったと思う。
膝を痛めて針に通っていた治療院の近くだった気がする。
舞台には立てないし、レッスンにも通えないし、時間つぶしにブラリと入ってみた。
お客さんはわずか数人しかおらず・・・しかもヤジを飛ばしている。
常連の方だとは思うが、けっこう辛辣なヤジだった。が・・・ しかし・・・
「おもしろくねえなぁ~」「師匠の○○には遠いなぁ!」
そんなヤジにもめげず、若手の方は額に汗を流しながら、最後までがんばっていた。
そして一席が終わりかけた時、おじさんが席をたち大声で叫んだ。
「また来るからよ、稽古しときな!」って。
またまたいつものように話が跳ぶ。
これまでの人生で思いがけなく励まされた事がある。しかも何気に。
今年亡くなられた水泳界の重鎮 古橋広之進先生。
古橋先生の 「運動生理学」の講義を私は受講していた。
たしかバレエ公演の稽古で、途中退席をしなくてはならず、その事を講義前に教授室に伝えに行った。
講義の途中抜けが嫌いな先生なのだ。怖々とノックをし怒られるのを覚悟で伝えた。
「君はその道に進むのか?それが好きな事なのか?」と。
「はい・・・」ジロリと睨まれた。
「がんばりなさい最後まで。ただしレポートは今週中に」
当時の日大には錚々たる教授陣がいらっしゃった。
私の卒論の担当教授は・・・ 遠藤幸雄先生。東京オリンピックの体操ゴールドメダリストだ。
四年生の春、卒論のご挨拶に伺った。
「君は体操をするために日大に来たのに、一日も顔を出さなかったね。」
実は私は高校の先生に体操の推薦状を書いてもっていたのだ。それなのに入学して一日も・・・
卒論は担当してもらえないと思った。
「大学きてなにをしてたんだ!」
「○○がしたくて東京に来ました。」
「三年間続けているのか?単位は取れているのか?」
「はい」
「そうか。日大に来た事がその世界でも役にたつ日が来るといいね。がんばりなさい。」
私もたくさんの若い人達を指導してきたつもりだが、どちらかと言えば激励より罵倒だったかもしれない。
同じ世界に進もうとする人には、よりキツイ言い方をしてきたかもしれない。
どんな世界でも、「重鎮」と呼ばれる方は裾野が広い。
「人を育てる!」は「簡単な事ではない」と思うが、私もたくさんの方々に恩恵を受けたのだから、
「伝えていく責任」はあるような気がする。
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