新政権がスタートした。劇的に日本が変化して行くかどうかはわからないが、多少期待はしたい。
舞台や芝居作りも、新たな試みをする時がきているのかもしれない。
私の周りでも、ここ三年で色々な変化が生じた。
① 某企業との出会い
② 父とのお別れ
③ 社長業
① 某企業の社員の方が、三年前の初夏に突然稽古場を訪ねて来られた。振り付けの依頼だった。
こころよくお受けして、お仕事をさせて頂いた。がしかし・・・
私も色々な方々とお会いし仕事をしてきたが、こんなに刺激を受けた経験はない。
以前オリエンタル劇場で撮影した事をブログに掲載した。その会社だ。
まさに 「会社、企業は "人"」を、教わった。
以来三年 今も刺激を受けつつ、お仕事をさせて頂いている。
劇団員にとっても、映像という生の舞台とは違う形なので、貴重な経験になっている。
無論私も。
② 来月父の三回忌をむかえる。石川県津幡町から夢を抱いて大阪に。サラリーマンとして生き
八十年の人生を全うした。
二年経って、ようやく父の遺品を整理し始めた。手に取るものすべてに思い出があり、なかなか進まない。
進まない理由は・・・ 子供に対する愛情を示す書き物を目にしてしまったからだ。
私達姉弟は、多少過保護に育ったようだ。親の望みとはうらはらに、姉弟して舞台の道に進んだ。
五十九歳という若さで先立った母の私に対する口癖。「あんたの育て方 まちごうたわ。」だった。
③ 八月末をもって、オリエンタル劇場からしりぞいた。劇場運営は、私には荷が重すぎたようだ。
ある日事務所で、「社長、社長・・・」と。目の前に居た女性に、「広瀬さん お呼びですよ。」と。
私は 「広瀬さん」と誰からも普通に呼ばれたい。
若い人達を指導したり、演出や振り付けをしていると 「先生」と呼ばれる事がままある。
たった一年だが、保健体育の非常勤講師をしていた事がある。学校だから当然「先生」だ。
小さな会社だが、確かに「社長」でもある。が・・・ 勘弁してほしい。
劇団の代表、演出家、社長業、夫、親、・・・共通は・・・「責任」かもしれない。
時代がどんどん進んで行く。何かにチャレンジしたい。舞台そのものを根底から考え直してみたい。
九時間に及ぶ大作もある。古典の新バージョンも上演された。そんな中で・・・さて・・・
劇団てんは人の人生を結構描いてきた。ただ、たった二時間の間に全てを描く事は元々無理がある。
舞台は毎回同じ内容を繰り返し上演する。ここから考え直してみることにしょう。
考えがまとまったら、またご報告します。
毎回、毎回同じ事を書いてしまうが、芝居、舞台作りには「人生の経験」が必要。
特に想像力に乏しい私には、頭で考えるより、少々痛くても、傷ついても、身体に感じた事を具体化し
舞台に活かしていきたい。
私のしている仕事は舞台関係。ある人が、「クリエーターですね。」と・・・ 笑ってしまった。
「クリエーター」 なんとも私には似合わない響きだ。 またまた 勘弁して。
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