先週かつて自分が舞台で演じた作品が上演された。
劇団四季 「人間になりたがった猫」
28年前のちょうど夏 その当時は同じ作品が北海道と鹿児島からスタートした。
北海道班の主演は 市村正親さん。私は市村さんと同じ役で鹿児島からスタートを切った。
この作品には思い出が多い。と言うか、事件が・・・・
① 冷たい視線事件 ② 僕には無理です事件 ③ 40点事件 ④ 4回通し稽古事件
⑤ 声がでない事件 ⑥ 反響板激突事件 等など・・・あっ・・・・・
一番思い出がある、 僕は主役です事件 が・・・・・。さてどれからいきますかねぇ。
まずは少し説明を。
研究生の2年目の秋、日比谷 日生劇場で初舞台を踏んだ。作品は「コーラスライン」
その年末までツアーに出るのだが、初舞台の緊張と埃だらけの舞台に負けて、途中ぜんそくに
なり、あえなく降板。
年末に悲しい出来事が重なる。
越路吹雪さんが亡くなる。その一週間後偉大な舞台装置家 金森馨さんが亡くなる。悲しみはつづく・・・
年が明けて間もなく、劇団四季を支えてきた 影万里江さんが亡くなる。なんと言う事だ。
当時は劇団員総出でチケットを販売していた。影班があり、私もその末端の一人だったため悲しみは大きく・・・
そんな出来事があった年に、私と山口祐一郎はデビューした。
私は 「オリバー」で、 彼は 「ジーザス・クライスト・スーパースター」
当時の対談記事を読み返してみると、なんと生意気な・・・。お互いにコーラスラインのオーディションで
入った同期だ。
さて話は少し逸れてしまうが、あるいはどこかで書いたかもしれないが、私は演出する時に絶対の信条がある。
私は現役の時に舞台上で「冷たい拍手」を浴びた経験がある。人に言わせれば 「そんなことなかったよ。」と
言ってもらえるのだが、私は確かに自分の身体に感じた。私は私と舞台の仕事をする人達には同じ経験を絶対に
させない。そのためには、嫌われても、「怒鳴る」「罵る」「喚く」。これは言い訳? 信条。
今日のブログは長いぞ。支離滅裂。
「冷たい拍手」を浴びた次の作品が、「人間になりたがった猫」である。ふぅ~。
「オリバー」がツアーに出る日に劇団員が日生劇場に集められた。ジーザスの舞台稽古の総見と、夏の作品の
キャスト発表だ。そこで第一の事件が起こった。 やっと話が繋がった。
日生名作 夏作品 「人間になりたがった猫」
A班 ライオネル 市村正親 パチパチパチ
B班 ライオネル 広瀬正勝 ????????????????? 一斉に視線が・・・・
「なんでだ?」「出来るのか?」「またお前かよ!」
実は私はこの作品を見たことも聞いたこともなく、ライオネル役がどんなに大変な役かまったく知識がなかったのである。
私は 「はい。」としか言いようがなく、またその「はい。」の返事がやたらおおきな声だったようで、のちに反感を・・・
このときに冷たい視線を感じたのである。なんとも言えない視線。
ただそんな事は気にしていられない。目の前の作品に全力投球だ。「オリバー」のツアーに出発。
「オリバー」の旅公演の途中東京に戻れる日があり、私は劇団に行って「人間になりたがった」のVTRを見ることにした。
そこで 第二の事件が起こった。
VTRを見始めてすぐに私はわが目を・・・・・ なんとそこには・・・
緞帳があがり歌を歌い、長い一人セリフで幕があく。そのうえ子供たちに話しかけ、ぐいぐい引っ張っていくライオネルがいた。
この役を私が・・・その時となりから声がした。演出家の先生。
「何してんだ。」
「次回作の勉強です。」
「どうだ?」
「はい。僕には無理です。」素直に答えた。市村さんだからこそ子供達もついてきてるし・・・・・
このあととても叱られた。
せっかく与えて頂いたチャンスなのに、いや せっかく与えて頂いた役だからこそ私では駄目だと思った。未熟すぎると。
まだまだ続きはあるのだが、また次の機会にお伝えします。
何年たっても忘れられない事があります。過去にこだわりを持ちすぎてもいけませんが、私が「芝居が好き」と言えるのは
この作品に携われたからです。
お元気様です、YuKiです。
とても興味深いエントリーで、早く続きが読みたくなりました!
興味深く読ませていただきました。